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明るい癌患者の翻訳メモアー

私の名前は加藤頼久。株式会社証券会計翻訳総研の翻訳責任者です。2025年4月に癌が発覚し、7月に手術。その後再発防止治療を行い、11月にその結果を確認。非常に再発しやすい癌のため、多少の不安はあったものの、案の定再発していました。2026年1月から再度入院して、治療にあたる予定にしています。退院後は従来同様、翻訳業務に積極的に携わっていく予定です。

安静にしながら少し過去を振り返ってみたい気になりました。いろんな翻訳に携わってきたなという思いです。最初に本格的に翻訳に携わるきっかけになったのが東証です。ちょうど定款や上場規程、諸規則及び準則等の翻訳が必要になったときで1990年ごろから大きくお手伝いさせていただくようになりました。今なお上場審査ガイド等の翻訳でお世話になっています。その当時は今のようにWORDでの処理ではなく、英文はNECや東芝の英文ワープロ、日本語は富士通のオアシスなどの日本語ワープロを使用していました。必要に応じてコピーの切り貼り等も行っていました。ちなみにそれ以前は英文はタイプライター、日本語は原稿用紙への手書きでした。

1990年ごろになると様々な翻訳案件が出現し、お手伝いさせていただくことになりました。今でもよく覚えているのがOECFのODAレポートです。日本が様々な開発援助計画に基づいて公的資金援助を東南アジアや中国など各国に行っていました。その成果を英文化して報告書にまとめるという作業が生じました。幸いにもそれら報告書の翻訳を、OECFの依頼でお手伝いさせていただくことになりました。今のようにインターネットが充実している訳ではなく、地名や人名を調べるのに人名辞典、地名辞典等を揃え大変苦労して英訳したことを覚えています。

次に思い出されるのが、1989年に金融商品先物が解禁になったことから用語をためていました。3000語くらいになったところで、WAVE出版に相談させていただいたところ、出版の運びになり、ISS編金融用語辞典として出版されました。用語の意味を詳しく説明した辞典は多くあったのですが、用語数が少なく、ぴったしくる訳語がありませんでした。その中で語数が比較的多くたまたまぴったしくる訳語があるということで当用語辞典が重宝され、何部出版されたかはわかりませんが、評判がよかったのかもしれません。それをさらに拡充させた形の、語数も3万語以上の用語集を出版する話がまとまり、各種の用語集を1990年代前半に出版することになりました。WORDやEXCELも充実し、大量の用語をまとめることができるようになりました。金融証券以外に会計や法律の用語辞典などそのシリーズの出版は2010年以降も続き、今では証券会計翻訳総研のホームページ(会計・金融・証券用語辞典 ── IFRS、証券、IRの翻訳は証券会計翻訳総研)で閲覧いただけます。

用語辞典を編集する間に、1996年開催の国際都市博に関する翻訳をお手伝いすることになりました。しかし、都市博自体は1995年に中止になってしましました。その代わりにビッグサイトで映画をモチーフにした展示会が開催されました。その翻訳通訳を担当させていただきました。その当時の洋画は必ず日本語タイトルに訳されており、翻訳するときには大変苦労しました。映画辞典などを片手に映画のタイトル、出演者等の翻訳をしました。

さらには、その後財務省の国債ガイド等の翻訳をお手伝いさせていただくことになります。国債市場の懇談会に関する議事要旨の翻訳を平成14年からお手伝いさせていただきました。また1998年からのナスダック・ジャパンの翻訳業務も記憶に残っています。上場規程から諸規則の翻訳全般、ナスダックに関する記事さらにはマーケット・メーカー方式のユーザー・マニュアル、オペレーション・マニュアル等の翻訳をお手伝いさせていただきましたが、そのときにはインターネット通信も普及し、IIJやニフティ等のネットワークを利用してデータを送りました。しかし、その当時は通信速度も遅く容量も小さいため、案件によっては、麹町からアークヒルズに送信するのに、3時間以上もかかったことがありました。ディスクで届けることの方が多かった気がします。でナスダック・ジャパンの閉鎖がきまった2001年9月11日にアメリカでのテロ。これは衝撃でした。ナスダック・ジャパンを引き継いだ大阪証券取引所の規程や規則の翻訳も数年にわたり数多く手伝わせていただきました。

2000年を過ぎると証券の無券面化が進み「社債等の振替に関する奉律」「証券の振替に関する法律」が整備され、それらの翻訳、関連する翻訳をお手伝いさせていただきました。それ以外にもファイリング書類、金融レポート、目論見書、契約書、格付け書類等とさまざまな翻訳に従事しました。

2002年に企業会計基準委員会が設立され、そこからは国際会計基準の翻訳を精力的にお手伝いさせていただくことになります。ここからはまた次の機会に。


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